「では、こちらで失礼します。調査レポートは今日中にお送りしますので。」
明日が契約とは、まーなんと慌ただしい。
中古物件は、申し込み、内見、そして契約までのスケジュールが短い。
人気物件になればなおさらだ。
ウダウダ考えているうちに、パッと他の購入者が契約してしまうこともあるので、ほぼ直感的に買う買わないを判断することになる。
何とも、まるでオークションなみだな。
現場を離れ、しばらくすると、後ろから声がした。
調査に一緒に立ち会った仲介営業マンだった。
「どうも、お疲れさまでした。」
ん?
わざわざ、挨拶をしにくる仲介営業マンも珍しい。
駅に向かって歩く道すがら、彼の話しぶりから、意図が読めた。
明日の契約がおじゃんにならないよう、釘を差しにきたのだ。
要するに、レポートに変なこと書くなよ、と。
「言葉に気を使ってご説明して頂いているのは、よくわかったのですが、中古でクラックは当然ですから、わざわざ言わなくてもよかったのかな、と思ったのですが。」
「我々の趣旨は、購入者の不安を煽ることではなく、不安を取り除くことです。仰る通り、中古でクラックは普通にありますし、コンクリートの性質上、避けることはできません。クラックがあったからといって、構造的にダメというわけでもありませんし、必要以上に神経質にならなくてもよいことをお伝えしたつもりです。が、ほっといてもいいもの、補修をした方がいいものの区別は認識しておいて欲しいと思っています。それが建物を長く健全な状態に保つ秘訣ということ、ひいては購入者が自ら資産を守る術になると思いますので。」
「そうですか。では、レポートのほうも、ぜひそういった感じでお願いします。では、僕はあちらのほうですので。」
え?反対方面なのに、わざわざ追っかけてきたというのか??
営業マンの逼迫した心境が、イタイタしくも感じた。
普通、(今もそうなのか?)不動産営業マンはノルマ制だ。
それが、自分の給料にも直結する。
まして、今回の物件、5000万を超える物件ともなれば、仮に片手仲介としても、150万超の仲介手数料だ。
これ1本を逃すと、会社にも打撃となるのだろう。
気持ちは痛いほど分かる。
まだ若い彼にとっては、売り上げを上げることに必死なのかもしれない。
でも、購入者にとって一番大事なことは、よい物件を紹介することでもなく、
より正しい情報を、曲げることなく正しく提供することだ、と私は思う。
物件ごとに、それぞれ条件は違うだろう。メリットもあればデメリットもある。
がそれらが、購入者にとって、メリットかデメリットかは、人それぞれ違うのだ。
物件の価値は、購入者が判断するものである。
だから、彼らが正しく判断できるための情報と基礎知識を、可能な限り正確に伝えることが、不動産を販売するものの義務ではないかと、私は思う。
事実を隠したり、マイナスとなる情報をあえて言わなかったり、色付けしたりするのは、詰まる所、購入者にとって、害となることはなかったとしても利となることは決してない。
目前のノルマに翻弄されるより、まず購入者にとって何が大事か、それを考えることができる営業マンが、スーパー営業マンとなる、と思うのですがね。
あまりに理想論すぎますかな??