もう、10年近くなる。
海岸近くの道をふらふらと歩いていたときに、木立の間から突然に、「青」が目に飛び込んできた。
どこまでも深い「青」。
そうか、これが「コバルトブルー」という色なのか。
アフリカ大陸の北側から臨んだ地中海の色は、どこまでも深くそれでいて純粋な「青」だった。
アフリカ大陸に初めて上陸したのは、当時アフリカ大陸で最も治安がよいとされていたチュニジアだった。
パリ経由で首都チュニス行きの便に乗る手荷物検査の前、少し日焼けした、人なつこい笑顔の係員の青年が、私のボーディングパスを見てこういった。
「チュニスにいくの? 僕、チュニス出身だよ(ニコニコ)。Bon voyage! (良い旅を!)」
まだ、「アラブの春」と呼ばれる騒乱が起こる前、チュニジアはヨーロッパ人のリゾート地として、またコバルトブルーの海とカルタゴ遺跡など、世界中の観光客を引き付ける、魅力ある観光立国であった。
観光が主な産業の一つとなっている国にとって、国の治安が脅かされることは致命的な打撃を受ける。
地元の住民は、観光客を相手に商売をしている人も多く、突如収入の源を断たれることになる。
観光客を狙ったテロとして、大きな死傷者を出したバリ島のテロ事件もそうだった。
実は、その1週間後くらいに、バリ行きを計画していた。
旅行代理店から、「どうされますか」と連絡があったけれど、o型特有の楽天主義と言いますか(いやお前だけだろ、という声が聞こえそうですが)、単に無知なだけの世間知らずであったのか、「流石に、立て続けにテロが起きるわけないでしょ」ぐらいの、オメデタイ脳ミソを持ったワタクシは、これっぽっちも躊躇することなく、イソイソと出かけた。
当然ながら、飛行機もホテルも、ガラガラ。
レストランに入っても、テーブルには一組、二組程度。
閑散とした街。
事件のあったお店の周辺は、まだ痛々しくテープが張り巡らされ、近づけないようになっていた。
客引きに声を掛けられるのは好きではないが、ここまで静かだと、かえって違和感さえ感じた。
観光を産業とする国にとって、こうした事件が、いかに地元の住民に打撃を与えるか、これまでの事件を思い起こしても、一度遠のいた観光客の足を戻すのは、そんなに容易いことではない。
何の罪もない、悪意もない、全く関係のない観光客を狙うということは、卑怯を通り越してクズと吐き捨てるに値するけれど、観光客だけでなく、彼らを相手に生活の糧を得ている地元住民にとっても、死活問題であることは間違いない。
旅が好きだ。
訪れる者、迎える者、双方の心が通じ合う、そんな感覚が、たまらなくいい。
これからも、多分、旅に出ると思うし、もちろん、ここ日本にも多くの人が訪れて欲しいと思う。
チュニジアは、アラブの春から、徐々に安定を取り戻しつつあっただけに、なお、悔しい。
中東だけでなく、目に見えない脅威が全世界を覆っていく、そんな恐ろしさを感じたチュニジアの事件ではあるけれど、それでも、人が自由な旅をやめてしまうことは、もっと悲しい。
全ての争いは、突き詰めれば「お互いを理解できない」ただ、この一点に集約される。
人と人とが触れ合うことをやめてしまえば、争いの世界しか残らない。たぶん。
美しいチュニジアで、悔しくも命を落とされた皆様のご冥福をお祈りします。