見えない言論弾圧と情報操作

 

恥を忍んで告白しますが、ワタクシ、UHFだのVHFだの、いわゆる電波というものについては、トンとド素人、というか小学生以下並みのレベルでゴザイマス。(笑うな)

そもそも、つまんないからテレビは全く見ないし(年に1、2回。うちの中では家電というより置物と化しておる)、まあ携帯は使ってますけど、LTEだの4Gだの、さっぱり意味分からず使ってます。つながりゃいい、みたいな。

 

思い起こせば、アナログ放送が完全にデジタル放送に変わって、かれこれ4年ですか。

そのときも、ワタクシ、テレビ関係ない人間でございましたので、全く意に介することもなく(というか、テレビ持ってなかったwww)、何でわざわざ電波を変えたのかも分からず、何か面倒臭いことしよるわ、程度の感覚でしたよ。

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しかしながら、ここ数年、インタ-ネットの普及とともに、以前よりも格段にメディアの役割が重要になってきていると感じる今日この頃でゴザイマス。

世の中は情報に溢れ、誰もが気軽にさまざまな情報を受け取れると同時に、情報の波が時として、よからぬ方向に押し寄せ、正しいこと正しくないこと、まさに玉石混合のるつぼとなっているようにも感じております。

 

我々が、膨大な量の情報を、容易く瞬時に受取れるのも、全ては、この電波を介して手元に届くからなのですけど、この電波って、つまりは公共の財産なわけですな。

我が国では、ご存知の通り総務省が管轄しておりますが、この記事、

大赤字の「マルチメディア放送」はなぜ続くのか

ナンダソラ・・と呆れるよりも、なんかもう、諦めに近い、腐った卵をどうにも料理できないときの、がっくりとした気分を味わいましたよ。

電波について無知だっただけに余計にね。

 

なんだかんだ言って、それでもやはり、テレビの影響力は大きいと思う。(ワタクシは例外として)

その放送電波を、仕切っているのが総務省なわけですけど、要するに、VHF帯を開放して有効活用するとか、なんとか、表向ききれいごと並べておいて、結局は自分らの権益を保持するがために、全くもって公共の財産を有効活用できない官僚の無能さに、もうね、情けないというか、なんというか。

そんなに自分がかわいいか。

 

総務省が、配給的に、各放送局に割り当てる仕組みは、まあ言わば、放送局にとっては、揉み手揉み手でご機嫌伺いしつつ、御上からありがた~く頂戴します、お代官様、となるわけで、そうなると、御上の機嫌を損ねるような放送は、よほど脳天気な放送局でない限り、しませんわな。

筆者池田氏の言葉をお借りすると、これが「暗黙の言論弾圧」ということだが、確かに、ソーシャルメディアで騒がれているのに、テレビや新聞では、一切報じられていないってことも、アルアル。

 

放送局や通信業者が、自由競争で電波を活用し、自由に言論を発せられてこそ、真の言論の自由であるはず。

言論の自由と人権がぶつかるということも、そしてそれが不幸な結末になることも、確かにある。

が、真実が権力でねじ曲げられることが、良い結果をもたらした試しは、未だかつてない。